インターが2兆円買収 ーその裏側で何が起きているのか
インターナショナルスクールが「教育インフラ資産」になる時代に
2025年にインターナショナルスクール業界で話題になったのが、世界でインターナショナルスクールを運営するNord Anglia Educationが、約2兆円(約145億ドル)規模で出資を受けた案件である。
引用:https://www.nordangliaeducation.com/
同社は英国に本社を置き、30カ国以上で80校以上、約9万人の生徒を抱える世界最大級のスクールオペレーターである。成長セクターであるインターナショナルスクール業界にとって、本バリュエーションは驚きをもって受け止められた。
2026年に入り、インターナショナルスクール業界は、中東危機によって一時的には打撃を受けているものの、この動きは単なる地域リスクにとどまらず、国際教育の構造そのものを考える上で重要な示唆を含んでいる。中東地域では、人口増加と経済発展を背景に、インターナショナルスクールの需要は引き続き拡大しているからだ。
ISC Researchによれば、中東は世界でも有数の成長市場であり、過去10年でインターナショナルスクール数・在籍生徒数ともに大幅に増加している。特にUAEやサウジアラビア、カタールなどでは新設校が相次ぎ、国際教育市場としての存在感は年々高まっている。国家レベルでの教育改革や外国人材の受け入れ拡大も相まって、教育インフラとしての整備が進んでいる点も特徴的である。富裕層やグローバル人材層の増加に伴い、国際教育や海外大学進学への関心は依然として高い水準にある。
実際に昨年エジプトを訪れた際、戦時体制下のイスラエルの後方拠点ともなっているニューカイロ市で、インターナショナルスクールが急増している様子を目の当たりにした。地政学リスクの中でも、教育需要はむしろ構造的に拡大していることを強く感じる。
さらに視点を広げると、その背後にあるアフリカ大陸の存在が見えてくる。アフリカは2025年の約15億人から2050年には約25億人へと人口が増加すると予測されており、都市化とIT分野の発展により中間層・富裕層も着実に拡大している。
引用: JETRO
この流れを踏まえると、インターナショナルスクールの成長は中東にとどまらず、「中東をハブとしてアフリカへ広がる構造」として捉える必要がある。
中東はすでに資本・教育ノウハウ・人材の集積地として機能しており、オイルマネーによる教育への再投資を背景に、アフリカ市場への展開拠点としての役割を担い始めている。
つまり、中東のインターナショナルスクールは単なる地域内の教育機関ではなく、「次の成長市場であるアフリカへのゲートウェイ」としての戦略的価値を持つ存在である。
インターナショナルスクールのグループ化と資本化
こうした動きと並行して、もう一つ大きな変化が起きている。
それが、インターナショナルスクールの「グループ化」と「資本化」である。
最近の世界の国際教育の動きを見ていると、「インターナショナルスクールは単体で成長する時代ではなくなった」と強く感じる。
象徴的なのが、世界でインターナショナルスクールを運営するNord Anglia Educationが、約2兆円(約145億ドル)規模の時価総額で出資を受けた案件である。
同社は英国に本社を置き、30カ国以上で80校以上、約9万人の生徒を抱える世界最大級のスクールオペレーターである。
営利目的の学校運営は、アメリカの上場大学グループなどにも見られるように、世界では拡大している。一方で日本では、学校は医療と同様に規制によって守られており、単純比較はできない。
しかし重要なのは、この再編が単なる大型買収ではないという点である。インターナショナルスクールを中心とした教育が、「投資対象=インフラ資産」として認識され始めている構造変化を示している。
ISCリサーチによれば、コロナ禍以降M&Aは急速に進み、すでに約38%の学校がグループに属している。この流れは今後も加速していくだろう。同時に、ブティック・スクール化やマルチブランド展開といった戦略も進んでいる。
引用:EQT公式サイト
教育の資産化を加速させた中国の不動産開発
そして、この「教育の資産化」を最も早く体現したのが、中国の不動産市場である。
2020年までの共同富裕政策が取られるまで、中国では不動産デベロッパーが英国名門校のブランドを導入し、インターナショナルスクールを開設する動きが急速に広がった。
例えば
- ハロウ
- マルバーン
- ウェリントン
- キングス
などの英国名門校が、中国各地に「ブランド校」を展開している。
このモデルの本質は極めてシンプルである。
- デベロッパーが土地・建物を開発する
- 英国名門校がブランドと教育ノウハウを提供する
- 富裕層向け住宅と一体で販売する
つまり、教育が不動産価値を高める“アンカー施設”として機能しているのである。ホテルで例えるならば、リッツ・カールトンやフォーシーズンズが入ることで街の価値が上がる構造と同じである。学校はもはや単なる教育機関ではなく、「都市開発と資産価値を支えるインフラ」になっている。
いつ日本の教育業界に巨鯨が現れるか?
この文脈の延長線上で見ると、日本も無関係ではない。上場している認可保育園グループなどの大手事業者も、今後海外投資家の投資対象となり、買収される可能性は十分にある。
作図:IEL
むしろ、海外の機関投資家から巨額で買収される可能性も高いのではないか。
実際に2024年には、学童保育大手のウィズダムアカデミーがシンガポールのファンド傘下に入っている。
一方で興味深いのは、巨大な教育グループ化が進んでも「学校の個性」は消えないという点である。
スクールの現場では、
- 本部がリソースやブランドを提供する
- 各校が地域文化に適応する
という「グローバル×ローカル」のバランスが問われている。
外資系ホテルの運営と類似するビジネスモデル
この構造は、世界に展開するホテル業界のビジネスモデルと非常によく似ている。ブランドと運営ノウハウを軸に、多拠点展開するモデルである。
教育の現場にいると見落としがちだが、今起きているのは「学校の進化」ではなく、「教育という産業の構造変化」である。外資系インターナショナルスクールは日本人だけでなく、世界中から教育目的の人の流れを生み出す存在でもある。日本の教育の価値を世界につなぐ役割を担う存在として、今後その重要性はさらに高まっていくだろう。
教育は「資本が組み込まれたインフラ」である。この前提を受け入れるか否かが、日本の教育政策の分岐点になる。外資系ホテルが日本に参入した時と同様の構造が、これから教育分野でも起きていく可能性がある。
International Education Lab 所長 兼 上席研究員
国際教育評論家
インターナショナルスクールタイムズ株式会社を創立し、インターナショナルスクール専門メディアの運営とプリスクールを経営する。
株式会社Global Step Academy へ転身、インターナショナルスクールタイムズ編集長及び取締役学校事業統括責任者を歴任。
コロナ禍を経て、株式会社セブンシーズキャピタルホールディングスを創立し代表取締役に就任。政府・都道府県自治体向けのインターナショナルスクール誘致のコンサルティング業務及び国際教育評論家として各メディアに執筆をしている。