考察:英国政府の国際教育戦略2026と日本

文・村田学(International Education Lab)

英国政府が打ち出した「International Education Strategy 2026」は、教育関係者の間でしばしば「留学生政策」として語られる。しかし、この文書を丁寧に読み解くと、それはもはや教育行政の範疇を超えた、明確な国家産業戦略であることがわかる。

英国政府 公式サイト https://www.gov.uk/government/publications/the-uks-international-education-strategy-2026

所管は、英国教育省、外務・英連邦・開発省ビジネス・エネルギー・産業戦略省の三省庁連携による国家戦略である。
英国は教育を、文化事業でも社会政策でもなく、自動車や金融と並ぶ輸出産業として再定義した。

主に教育を他の要素との掛け算として立案している。

  • 教育 × 外交
  • 教育 × 貿易
  • 教育 × 都市開発
  • 教育 × ソフトパワー

重要なのは、どれだけの留学生を英国に呼び込むかではない。

従来の英国国際教育政策は、留学生受け入れ数と高等教育中心で指標が作られてきたが、本戦略では、KPIを年400億ポンド(6兆7,400億円相当)に変更している。

  • 留学生数の明確な数値目標は掲げない
  • 代わりに 教育輸出(Education Exports)を2030年までに年400億ポンド(6兆7,400億円相当)

英国の教育モデルそのものを、どれだけ海外で実装され、経済的・外交的価値を生み出せるか。その一点に戦略の軸足が置かれている。

項目

内容

① 品質・ブランド面

英国式教育という国家ブランド

② 教育の制度

カリキュラム、資格、評価、教員制度

③ 海外展開

海外校、現地パートナー、都市・不動産

この戦略転換は、決して机上の空論ではない。
実は日本は、すでにこの英国型「教育輸出戦略」の最前線の一つになっている。

そして重要なのは、この戦略がすでに世界で多様な形で現実になっている事実である。

都市型モデル──教育は再開発のアンカーになる

東京・麻布台ヒルズにキャンパスを構える The British School in Tokyo は、英国型国際教育が「都市の中心」で果たす役割を端的に示している。
BSTは単なる外国人向け学校ではなく、国家戦略特区における都市機能の一部として組み込まれた存在だ。

ここで教育は、「住む」「働く」「学ぶ」を統合する都市価値の中核となる。
英国政府が国際教育戦略の中で繰り返し強調する「教育×都市×外交」という構図は、日本の都心で最もわかりやすい形を取っている。

住宅地型モデル──教育が街を選ばせる時代へ

Japan(以下、ラグビー日本校) である。

2023年千葉県柏市に開校したラグビー日本校は、英国を代表する名門ボーディングスクールの一つだが、日本では「住宅地型インターナショナルスクール」という新しい顔を持つ。

柏の葉という計画都市において、学校は単独で存在するのではなく、住宅、研究施設、子育て環境と一体化している。ここで示されているのは、教育が「通わせる場所」ではなく、「住む場所を決める要因」になるという発想だ。英国の教育輸出は、都市計画や不動産価値と密接に連動しながら、日本の生活圏そのものを再設計し始めている。

同様の構造は、東京都小平市に2022年に開校した Malvern College Tokyo(以下、マルバーンカレッジ東京校) にも見て取れる。英国の名門ボーディングスクールであるマルバーン・カレッジは、日本市場にそのままの形で進出したわけではない。日本の法制度、保護者文化、都市環境に合わせ、再設計されている。

ここで重要なのは、英国側が「ブランドを売る側」、日本側が「運営を担う側」という単純な役割分担ではない。
英国は教育思想と制度を、日本は実装力と現場運営を持ち寄り、共同で一つの教育モデルを完成させている。
これは英国戦略が前提とする「ローカルパートナー型展開」そのものである。

地方創生型モデル──教育は人を呼び、地域を再定義する

注目すべきは、都市部とは正反対の文脈で進む英国教育輸出の形である。
2022年岩手県八幡平市に設立された Harrow International School Appi Japan(ハロウ安比校) は、その象徴だ。

ハロウ安比校は、雪質の高さから観光地・リゾート地として知られていた。しかし、世界に打ち出す軸を必要としたため地域に、全寮制の英国名門校を誘致することで、地域の性格そのものを変えつつある。ここでは教育が、雇用を生み、海外から人材を呼び込み、地域に長期滞在人口を生み出す装置として機能している。

英国政府の国際教育戦略が掲げる「教育を通じた国際的影響力の拡張」は、東京や大阪だけの話ではない。
むしろ、地方においてこそ、教育は最も強力な産業・人口政策となり得る。ハロウ安比校は、安比高原のフラッグスクールとして存在を証明している。

地方都市でも進む、教育を核にした国際戦略

さらに象徴的なのが North London Collegiate School Kobe(以下、ノースロンドンカレジエイトスクール神戸) だ。
英国トップ校ノースロンドンカレッジの日本校は、単なる学校誘致ではなく、神戸という都市の国際性や将来像と結びついて構想されている。

教育は雇用を生み、海外から人を呼び込み、都市のブランドを更新する。英国政府が教育を「ソフトパワー」と位置づける理由が、日本の地方都市で具体的な形を取り始めている。

ブランド輸出ではなく、制度輸出という本質

これらの事例に共通するのは、英国が「学校名」だけを売っているわけではないという点だ。

輸出されているのは、カリキュラム、評価制度、教員文化、さらには学校運営の思想まで含めた教育システム一式である。東京では都市再開発と結びつき、柏の葉では住宅地の価値を形成し、安比では地方創生の核となる。同じ英国教育でありながら、立地に応じて役割を変え、柔軟に実装されている。このグローバルとローカルの適応力こそが、英国の国際教育戦略の最大の強みだ。

言い換えるならば、英国は、大英帝国の教育インフラを引き継ぎ、21世紀にもソフトパワーとして活用している。

高等教育における制度接続──学位は国境を越えて動く

初等・中等教育に加え、高等教育でも英国型制度輸出は進んでいる。

その代表例が、武蔵大学 とSOAS University of London(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院、英国)は、国際的な学術交流と学生の学習機会拡大のため連携した。武蔵大学は、少人数制のリベラル・アーツ教育を重視し、2022年開設の国際教養学部を中心に国際化を推進している。

一方、SOASはアジア、アフリカ、中東地域に特化した人文・社会科学・法学で世界的な評価を受ける研究大学である。この協力は、SOASの地域研究の専門性と武蔵大学のリベラル・アーツ教育を組み合わせ、相乗効果を生み出す

学生は、多様なプログラムを通じて深い専門知識と異文化理解を深め、グローバル社会で活躍できる人材の育成に貢献する。日英間の教育交流深化と両国の国際教育戦略目標達成に重要な役割を果たすジョイントディグリーである。

この取り組みでは、学生は日本にいながら英国大学の教育評価に基づく学位を取得する。

英国側にとっては、キャンパスを増やさずに教育輸出を拡大するモデルであり、日本側にとっては、大学改革と国際競争力強化の手段となる。ここでも重要なのは、「留学生を送り出す」発想から、「制度を接続する」発想への転換である。

これは、英国戦略が最重要視する Transnational Education(TNE) の理想形であり、今後アジア全域で拡大していくモデルでもある。

日本の教育機関に突きつけられる現実

英国政府の国際教育戦略を鏡として見たとき、日本の教育機関は極めて重要な分岐点に立たされている。問題は、日本の教育の「質」が低いことではない。むしろ、日本はPISAのテストにおいて一貫して高い学力水準を示しており、これは基礎学力の徹底と教育への高い関心の表れである。

しかし、国際競争の激化に伴い、この基礎学力優位性を「協働性」「異文化理解」「創造的思考力」といったグローバルスキルへどう転換するかが、現在の教育政策の主要課題である。

世界的に見ても、初等教育を中心に非常に高い教育資産を有している。しかし、その強みが国際市場で十分に価値化されていない。これさ、構造的課題である。

日本の教育の強み

日本の初等教育の質は世界的にも突出している。基礎学力の定着、生活指導と学習の一体化、教員の専門性と献身性は、多くの国が模倣しようとしても容易に実現できない水準にある。探究学習や理数教育、そして学校運営力において、日本は非常に高い現場力を持つ。

授業改善の積み重ね、学校全体でのカリキュラム運営、学年・教科を超えた連携などは、日本独自の強みであり、教育の「実装力」として評価されるべき資産である。規律と学習文化の存在は、エジプトなど海外に「特別活動」として輸出の対象になっている。

学びを社会的営みとして捉える文化、集団の中で学ぶ経験、努力を尊ぶ価値観は、教育成果を支える重要な基盤となっている。

致命的な弱点

一方で、これらの強みは国際市場において十分に機能していない。その最大の理由は、日本の教育が英語で制度化・言語化されていない点にある。教育の思想や運営ノウハウが、日本語の文脈に閉じたまま存在しており、他国が参照・導入できる形になっていない。

また、日本の教育機関の多くは、海外展開を前提とした制度設計になっていない。国内制度への最適化が進む一方で、国境を越えて展開するための法制度対応、評価基準、ガバナンス設計が欠如している。

決定的なのは、国家戦略との接続の弱さである。教育が外交、産業、都市政策と一体で語られることは少なく、個別の教育機関の努力に依存した国際化が続いている。

ここから導かれる結論は明確である。

日本と英国の差は、教育の質ではない。差を生んでいるのは、プロデュース力、輸出設計力、そして政策の接続力である。

日本が取るべきポジション

「競合」ではなく「実装パートナー」

英国の国際教育戦略を踏まえた場合、日本が目指すべき立ち位置は明確である。それは、英国と同じ土俵で競争することではなく、英国モデルを実装するパートナーとしての役割を担うことである。

日本が避けるべき不利な戦い

英語圏ブランドとの単独競争は、日本にとって極めて分が悪い。歴史、言語、評価制度を含めた総合ブランドでは、英国や米国と正面から競うことは現実的ではない。

同様に、世界大学ランキングを軸とした競争や、学位単体を海外に輸出するモデルも、日本にとってはコストとリターンのバランスが取りにくい戦略である。

現実的かつ有効な立ち位置

一方で、日本には明確な勝ち筋が存在する。それは、英国の教育資産と日本の強みを組み合わせる戦略である。英国のカリキュラムと日本の学校運営力を組み合わせることで、高品質かつ安定した教育実装が可能になる。英国ブランドと日本の不動産・自治体を結びつけることで、都市開発や地域誘致の核として教育を活用できる。

さらに、英国資格と日本のEdTechや学習塾を接続することで、学校外教育も含めた新たな市場が開かれる。重要なのは、英国政府自身がローカルパートナーとの連携を前提に国際教育輸出戦略を設計しているという点である。日本は、その前提条件を最も満たしやすい国の一つである。

教育機関の戦略とは?

学校法人・大学

学校法人や大学にとって、海外校はもはや「留学生を集めるための拠点」ではない。教育モデルや評価制度を海外に実装するための制度輸出拠点として再定義されるべきである。英国校とのデュアルディグリーや共同カリキュラム設計は、その中核的手段となる。

同じ校舎をシェアするシェアキャンパスは、少子化で学則定員に対し充足率が低い場合、校舎の有効活用と国際教育を取り込む戦略を選べる。

幼児教育の養成系専門学校は、国際保育士・教諭の育成をに取り組むことで、世界で活躍できる就職先を提示できる。専門学校にプリスクールを併設し、実習施設にすることも可能である。

インターナショナルスクール

インターナショナルスクールにおいて、単独ブランドの拡張はマーケティング戦略の立案と実施費用が高く、時間がかかる。ドメスティックなインターナショナルスクールの名前が世界で認知されるには、50年近い時間がかかる。また、市場・制度・人材の観点から見ても、持続性に課題が残る。

最短かつ現実的なルートは、英国ブランドと日本運営によるジョイントベンチャー型モデルである。海外名門校のブランドは、歴史と伝統に裏付けられた進学先と同窓会組織に結び付き、国際教育の付加価値を生み出しやすい。

教育企業・EdTech

教育企業やEdTech分野では、探究学習、STEAM教育、学習管理といった領域が国際的に高い競争力を持つ。これらを英語化し、制度として再設計することで、アジア市場への展開は十分に現実的となる。

国際教育とは、国家戦略である

これらの事例を並べて見ると、一つの結論が浮かび上がる。日本は英国の国際教育戦略において、競争相手ではない。実装市場であり、戦略パートナーである。

日本の教育は、PISAなどの学力試験においても質の面で世界トップクラスにある。しかし、その多くは日本語という言語と国内制度の中に閉じてきた。

一方、英国は教育を「編集」し、「制度化」し、「輸出可能なIP」に変換してきた。その差が、国際展開力の差として現れている。

重要なのは、日本が英国の真似をすることではない。日本の強みである現場力、学校運営力、学習文化を、英国型の国際制度と接続すること。その役割を担うことで、日本の教育は国内でも、アジアでも、新しい価値を生み出せる。日本各地で進む英国政府の国際教育戦略を実例から分析していくと国際教育の定義そのものが変わりつつあることに気づく。

英国政府の国際教育戦略を、日本の現実と重ねて見ると、一つの本質が見えてくる。

国際教育とは、学校を海外に作ることではない。どの教育思想と制度を、どの都市に、どの人生設計の中に実装するか。それを国家戦略・産業戦略として設計できるかどうかである。日本ではすでに、その第一幕が静かに始まっている。

これらの動きは、点として見れば「個別事例」にすぎない。しかし、線として捉えた瞬間、明確な産業潮流として姿を現す。

教育は、もはや教育界だけの話ではない。それは都市を動かし、国境を越え、次の10年の産業地図を描き替える力を持っている。

日本は、国際教育の中でもインターナショナルスクールを都市政策、不動産戦略、地方創生の点として活用してきた。しかし、英国の国際教育戦略に比べると我が国においては、国際教育の中長期的な戦略が抜け落ちている、と言わざるを得ない。

村田 学

International Education Lab 所長 兼 上席研究員
国際教育評論家

インターナショナルスクールタイムズ株式会社を創立し、インターナショナルスクール専門メディアの運営とプリスクールを経営する。
株式会社Global Step Academy へ転身、インターナショナルスクールタイムズ編集長及び取締役学校事業統括責任者を歴任。

コロナ禍を経て、株式会社セブンシーズキャピタルホールディングスを創立し代表取締役に就任。政府・都道府県自治体向けのインターナショナルスクール誘致のコンサルティング業務及び国際教育評論家として各メディアに執筆をしている。

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