IELギフテッド・2E教育通信 第2回
文部科学省が実施する採択支援事業SEISAアカデミーに取材しました
文責:ギフテッド・2E研究家/Gifted & 2E Advocate 山田亜希子
「できちゃう子」も、取り残さない
「ギフテッド」という言葉が日本でも少しずつ聞かれるようになりました。しかし現実には、突出した才能や強烈な好奇心を持つ子どもたちが、既存の学校教育の枠に収まりきれず、不登校という選択を余儀なくされるケースは後を絶ちません。そんな子どもたちの学びの場として、横浜市緑区にあるSEISAアカデミーが注目を集めています。
今回、IELではSEISAアカデミーの松本幸広さん、主任の森下佳苗さん、星槎大学事務局の天野恵さんにオンラインでお話を伺いました。
星槎グループとは─50年の蓄積
SEISAアカデミーを語るには、まず星槎グループの歴史を知る必要があります。
1972年、宮澤保夫氏が横浜市旭区のアパートの一室で始めた小さな塾「ツルセミ」が、星槎のすべての出発点です。「学校に合わせる」のではなく、「学校が生徒に合わせる」という姿勢で、発達に課題のある子どもたちと真剣に向き合い続けてきました。それから半世紀──いまや幼稚園から大学院まで、全国に拠点を持つ教育グループへと成長しています。
その長い歴史の中で常に問われてきたのは、「困っている子の教育」でした。しかしある時点で、重要な問いが浮かび上がってきます。
「学習能力が高いけれど社会生活に困難がある生徒たちの存在を、いわゆるエリート大学から相談されるようになったんです」と松本さんは話します。「それまで、勉強ができる子は進学校に行けばいいとされていた。でも、ギフテッドと呼ばれる子たちの才能や可能性を潰さないことも、同じくらい大事なんだと気づいた」
その気づきが積み重なった先に、2023年、SEISAアカデミーが誕生しました。
文科省採択という「お墨付き」
SEISAアカデミーは、文部科学省「令和5年度 特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における支援事業」に採択されています。令和5・6年と2年連続での採択です。
ただし、松本さんはここで重要なことを指摘します。
「星槎はいつも時代の先頭で開拓しようとやってきましたので、文部科学省のこの事業はやっと社会の意識も追い付いてきたという感じでした。珍しく追い風でしたね」
むしろ行政との関わりには一筋縄ではいかない歴史があります。神奈川県と横浜市を巻き込んで正式な「学校」として立ち上げようとしたものの制度の壁に阻まれ、結果的に学校外教育施設(フリースクール)という形をとらざるを得なかった経緯もあります。「日本の教育制度の枠通りにやると、多様な子どもたちには上手くいかない」という松本さんの言葉には、長年の実感が滲みます。
「ギフテッドだからすごい」という誤解と向き合う
日本ではIQの数値やギフテッドという言葉が一人歩きしやすい状況があります。松本さんはこの点に率直です。
「WISCのスコアが絶対値だと思っている人が多すぎる。あれは年齢に対する相対的な数値であって、高ければいいという話じゃない。ルパン三世のIQ180も嘘だしね。事実じゃないことが面白おかしく伝わっている部分に、社会全体として責任がある」
一時は高IQという数値に注目されがちでしたが、SEISAアカデミー設立から4年目を迎えた現在では変化が起きています。
「検査結果の低い数値にもちゃんと目を向けて、それを踏まえてどうサポートするかを考えようとしている保護者が増えました」と森下さんは話します。「ギフテッドとは”才能と困難さを両方持つ存在”だということが、現場での経験を通じて少しずつ理解されてきている実感があります」
「なぜみんなと同じスピードでやらないといけないの?」
SEISAアカデミーに通う子どもたちに共通するのは、既存の学校教育への違和感です。
授業中に手を持て余す。発言すると教室の空気が壊れる。知らないふりをするほうが楽なのに、それも苦痛だ。同級生と話が合わず、むしろ大人と話していたい。ある一部分の能力が生活年齢よりも進んでいるために、同年代との価値観のずれが生じる。
「ギフテッド・2Eの子たちの一番の叫び声は『なんでみんなと同じスピード、同じ方法ででやらないといけないんだ』ということです」と森下さんは言います。「そういった子たちの知的欲求、知的好奇心を満たす環境がSEISAアカデミーにはある」
「子どもたちの蓋を開けっぱなしにする」教育
SEISAアカデミーのカリキュラムの核心は、マイプロジェクト(マイプロ)と呼ばれる探究学習です。数ヶ月単位でテーマを設定し、各学期末にプレゼンテーションを行います。テーマは完全に子ども主導で、「お金について」「マイクラで山手線の発車メロディー」「掌編小説の創作と読者反応の分析」「Arduinoを使ったラジコン制作」まで、バリエーションは際限なく広がります。
「カフェをやりたい、畑で野菜を育てたい、古い機織機を修繕したい、AIを活用して学びたい、3Dプリンターで作品を作りたい—子どもたちの『やりたい』を実現することが私の役割です」と森下さん。「先生が一方的に教えるのではなく、子どもたちのやりたいことを形にするサポーターでありたいんです」
基礎学力については、AIドリルを活用した個別最適化学習を行っており、教科によっては平均して実年齢より約2グレード上の学力水準を維持しているという結果も出ています。
ソーシャルスキルは「授業」より「衝突」から
「のびのびさせるだけでは社会で生きていけないのでは」という懸念は、保護者から必ず出てくる問いです。
「個性豊かな子が集まっているから、言葉のぶつかり合いは当然起きます」と森下さんは率直に言います。「でも、みんなが個性的すぎて、逆に誰かが仲間外れにはなりにくいんです。衝突があって、それで学ぶ。SELの授業として切り出すより、日常の中で体験する方が身につくというのは、実は生徒側から出てきた案でした」
松本さんも補足します。「褒めるばかり、許すばかりじゃない。先生は人としていけないことに対してはちゃんとしかります。そのメリハリが、子どもたちの信頼につながっている」
インターナショナルスクールの可能性
今後のギフテッド・2E教育を巡る制度改革について、松本さんは興味深い見方を示してくれました。
「インターナショナルスクールには未来の可能性があると思っている。日本の行政がインターナショナルスクールをどう支援するかが、一つの鍵になるはずです。多様な選択肢があるのはいいことで、あとは中身をちゃんと見極めて選ぶことが重要」
天野さんはより直接的なアプローチを語ります。「とにかく、子どもに合わせた環境づくりができる大人を増やすこと。星槎大学でそれを学んでいる人がいて、卒業生が広めて、さらに理解のある人が増えていく——それが一番の近道だと思っています」
「ここなら自分らしくいられる」
「不登校30万人の時代に、私たちはSEISAアカデミーが日本の教育を変えるロールモデルになり、未来の学校像となることを目指しています」
1972年の小さな塾から半世紀。生徒のための教育を行うという一貫した哲学は変わりません。ギフテッド・2Eという言葉がようやく社会に届き始めたこの時代に、50年分の実績を持つ場所が存在していることの意味をより多くの人が気づくのではないかと思いました。
International Education Lab メディア担当/事務局
CTIS English Academy PBL英語カリキュラム設計・指導担当
ギフテッド・2E研究家/Gifted & 2E Advocate
ドイツとイギリスのインターナショナルスクールに通った後、帰国子女として立教大学文学部日本文学科に入学。卒業後は国際業務や新規事業の仕事を中心にメディア、IT、飲食、教育業界でプロジェクトリーダーから代表取締役まで務めた。会社の英語研修や新入社員や幹部候補の人材育成をしていく中で本格的に教育の仕事をすることを決心し、角川ドワンゴ学園でのPBLの企画や指導、カリキュラム編成、帰国子女向けの英語プログラムの企画や指導を担当。また、優秀層の生徒や教員のコーチングなども行なった。その後、キャピタル東京インターナショナルスクール(CTIS)立ち上げ直後から2年半、事業部長としてインターナショナルスクールのオペレーションを統括、現在はCTISの顧問をしながら2026年にスタートするCTIS English Academyのカリキュラム作成を行なっている。
ギフテッド・2E研究家としては2Eの当事者の立場で社会に適応した大人が語る教育関連の考察を発信。研究者でも支援者でもない、「生き延びた側からの構造批判」を軸に、子どもたちの可能性が潰されない社会を探究する。さらに、大人になったギフテッド・2E当事者へのアプローチも展開中。